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西国街道を歩く(3)

武庫川の尼崎市側、髭の渡しから伊丹市昆陽(こや)まで。

武庫川の髭の渡し。行者庵と髭の渡しの説明札。武庫川の河川敷。
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尼崎市のマンホール蓋、トンボ、ホタル、メダカ、ドジョウ、フナ、コイ等が描かれています。
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武庫川を後にして、国道171号線、別名現代の『西国街道』に出ます。
宝塚に向かう県道42号、別名『尼宝線』との交差点昆陽の里に近づきました。
左手方向が北、右手が南方向。

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交差点手前に、足利家の武将・高師直(こうのもろなお)の塚が説明文と共にありました。
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交差点の南東側の小道から、再び旧・西国街道に入り東へ。入り口の標柱。
ここはもう伊丹市、寺本。尼崎市内の旧・西国街道はほんの僅かしかなかった。

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しばらく進むと、左手に小さいが手入れの行き届いた綺麗な公園。
朝早くから近隣の人による水撒きが行われていました。閼伽井の井戸です。
説明によると、閼伽井の水は客への接待時に捧げられる清水であり、
仏や墓前にも供えられる浄水でした。
西国街道を通行する旅人にも与えられ喜ばれた、とありました。

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井戸からの水が公園中央を通り抜け、南側の池に流れ込む設計になっていました。
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道は左折、再び現・西国街道に出ます。
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少し西に後戻りして、真言宗・昆陽寺に立ち寄りました。立派な山門です。
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現・西国街道の高架下を潜り、伊丹市寺本公団前、西天神社前から、細道を再び東に向かいます。
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しばらく行くと、左手にまたまた小さく綺麗な公園が、
そして昆陽、昆陽野の地名、旧村名の説明がありました。
伊丹市内の説明は同市教育委員会の手に因りますが、沢山の場所に標識・標柱と共に、
丁寧な説明・紹介があります。

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伊丹市立・稲野小学校の正門が街道に面していました。
正門右脇に標柱と説明板が。左脇に

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正門右脇に標柱と説明板が。左脇に後拾遣和歌集・能因法師による句碑が。
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また、その右の御影石の標柱は、江戸時代のものと思われる。『すぐ中山、小濱』とあるが、実際の方向とは反対の南向き。右側は『すぐ西宮』、これも実際とは反対の東向き、後ろ側は『すぐ尼崎』と反対の北向き、右は『直ぐ大阪』と反対の西向き。せっかく設置しなおすのならば、正確に180度向きを変えて設置すればよいものを、伊丹市教育委員会らしからぬ据え付け方です。なにか訳があるのでしょうか
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伊丹市中心部をさらに東に向かいます。

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